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「働く」とは「傍(近くにいる人)」が「楽(らく)」になること。日々の仕事を通じて社会に貢献する、社会事業家・活動家から感じたことを綴っていきます。

「アフターおめでとう」が躊躇させるもの~高校生マザーズ4〜「新しい家族・愛への希望とリアルな現実」に参加して

高校生マザーズ4〜「新しい家族・愛への希望とリアルな現実」(5/30)に参加しました。高校生マザーズシリーズは、officeドーナツトークが主催しているイベントで、高校生の妊娠・(中絶)・出産・育児から、10代の抱える困難さを顕在化させていく勉強会です。今回はofficeドーナツトーク田中俊英さん・奥田紗穂さん@大阪とNPO法人パノラマの石井正宏さん・小川杏子さん@神奈川のオンライン対談形式で開催されました。

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<参考>

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高校生の妊娠に「おめでとう」と言いたい

 高校生の妊娠・出産と聞くと、みなさんどのようなイメージを持たれるでしょうか。冒頭、奥田さんから以下のようなお話がありました。

「出産、育児はとても大変なことで、さらにそれを高校生の女の子が抱えることのことの重さ・大変さを、自分が出産するまでイメージできていなかった。
さらに高校生の妊娠というワードがタブー化していて、妊娠した高校生に対して日本社会は冷たくバッシングもすごい。

そのような中、女の子が傷ついていき、さらに生きづらさを背負っていくことになる。
(高校生の周りにある社会が)産むと決めた決意を尊重しないと、本人はどんどん間違いだったのかなと思うようになる。祝福されずに(妊娠・出産・育児に)向き合うというのは、過酷なものだ。」(officeドーナツトーク奥田さん)

確かに、「高校生の妊娠」というセンセーショナルさのみ取り上げられ、肝心の当事者である高校生が抱える問題の深刻さや、高校生が安心して出産できるような社会にしていくことについての議論は殆ど見たことがないように思います。私自身も、パノラマに関わっていなければ、妊娠した高校生が抱える問題について真剣に考えることもなかったかもしれません。
さらには、奥田さんの指摘のように「おめでとう」という祝福の言葉を贈ることさえも阻む社会の空気があるように思います。

 このシリーズが生まれた経緯も、どんな環境にあっても高校生マザーズを祝福してあげたいということで「おめでとう」という言葉を象徴的に使ったという話がありました。

 「長い人生"山あり谷あり"なので、『その瞬間ごとに肯定していく』というのは究極のポジティビティである。その最大の象徴は「出産」と「赤ちゃん」の存在という気がする。生きることの始まりというか象徴だと思う。

 我々は油断すると否定から始まるので、現実的で考えたらそれは無理だろうとか、そういう感じで否定から始まることが多い。それが気に入らなくって、存在自体をまず肯定しようというような狙い(価値観)が自分にはある。

  そこに奥田さんから『女子高生が妊娠したときにおめでとうと言いたいですよね』という意見があり、自分の「瞬間の肯定の哲学」と、奥田さんの現場感覚からの素朴な疑問がマッチした。出産して苦労するのわかっているが、ソーシャルワークを中心に支援していけばいいと思う。」(officeドーナツトーク田中さん)

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「アフターおめでとう」が高校生マザーズへの祝福をためらわせる

 議論の中で、本人から妊娠を告知されたときに、「おめでとう」と言っていいのか悩んでしまうことがあるというお話がありました。本人が妊娠を望んでいたのかなど妊娠をどう受け入れているかで、「おめでとう」は言いにくい(適切な言葉ではない)こともあるということでした。このためらいの理由のひとつには、望まない妊娠だということをわかっていながら「おめでとう」と言うのは、"産みなさい"ということを強要しているように捉えられることを懸念しているという意見もありました。

 また、「おめでとう」という言葉をためらってしまう背景には、「アフターおめでとう」という困難があるという意見もありました。「アフターおめでとう」というのは、出産のおめでたい雰囲気が過ぎた後のリアルな育児生活が始まったことを指します。

「アフターおめでとう」が心配なのは、この国は子育ての環境が良いとは言えないからだ。日本は子供を生んでも育てられない社会。子どもの泣き声やベビーカーの苦情、遊び場もルールだらけだ。」

「日本のひとり親(多くはシングルマザー)の相対的貧困率は51.4%。先進国の中ではずば抜けて高い。これは国が保護しておらず、育児を家庭に押し付けているということだ。若くて子供を生んだのは自己責任だと。これがリアルの現実としてある中で、今の苦しさから逃避するような感じで(高校生の)妊娠・出産みたいのがあるんだけど、最終的には出産後も現実の中で生きていかなくてはならない。そして、僕たちの出逢っている子供たちは、親も含めて社会関係資本がすごく少ないので社会的に孤立している。地域で子供を育てるとかはまず無く、一人で全部やらなくてはいけない。

社会関係資本が少ない"子供のような親の子育て"というのが本当に大変であるということと同時に、彼女たちは家族関係資本にも乏しい。赤ちゃんが産まれるとおばあちゃんが来てくれて手伝ってくれるというような状況が無かったりするのがこの子たちだ。」(パノラマ石井さん)

高校生マザーズは、早い段階でひとり親になることが少なくないようです。その背景には、高校生ファザーズは、父親になる覚悟ができないまま家庭をつくることになり、そのため父親像を上手くつくれなかったりとか、出産や子育てにどれくらいの費用がかかるのかという現実と向き合うことができていなかったことが要因にあるようです。

性教育も避妊の話などがメインのようですが、子供を持つということはどれだけお金がかかるのか等の説明はなく、そのため彼らは現実のイメージが持てていなかったようです。自分の行動に対して出産や家族を持つということがあり、それがどれだけお金がかかるのかという、お金の価値観がごっそり抜けているという指摘もありました。

「赤ちゃん」の存在

 一方、高校生は「赤ちゃん」の存在をどう感じているのでしょうか。 例えば、知人から妊娠したことを報告された時、ボランティアさんが赤ちゃんを学校に連れてきた時など、彼女たちの反応はどのようなものだったのか。その反応が、大きく分けて二つあったというお話が印象的でした。

 ひとつは、「かわいい」や「いいなあ」という羨望や共感という反応。もうひとつは、そういった光景を冷ややかに見ていたり、人によってはある種の嫌悪感を抱くという反応。前者は理解できますが、後者はどうしてなのだろうかという議論がありました。

ステップファミリー家庭の子もいて、血のつながっていない小さなきょうだいのお世話をしている高校生たちがいる。おむつの替え方なんかもとても上手で、親からヤングケアラー的に頼られていて、保育園の送り迎えなど育児の手伝いをかなりしている。そういう子たちからしたら、親がまた妊娠=赤ちゃんの世話はどうせ自分がとなる。多産が気持ち悪いという思春期の子ども特有の気持ちもあるのではないか。赤ちゃんは本当はかわいい存在のはずだったとしても、自分に幸せを与えてくれる存在では無いのだと思う」(officeドーナツトーク奥田さん)

また、赤ちゃんを連れてくるというのは超リア充だと捉える人もいるであろう、リア充な人を見ることが無理な人は一定程度いて、その光景をひいて見ている子はいるだろうという意見もありました。

母親になり人生を再起動させたいという想い

 今回の議論の中で、パノラマの石井さんが「再起動」と「衝動」 をテーマにお話しされていたのも印象的でした。高校生マザーズにとって、出産をし母親になるとは「人生の再起動」でもあるということです。

「再起動というお話をしたいのは、彼らの人生って、これまでも今も含めて、不満足な状態が非常に続いていて、逃げ出したい日常・投げ出したい・捨ててしまいたい日常の中で生きていく中で、出産というのは、新しい人生を始めるという光が差している窓なのではないか。
"この子と一緒に人生をやり直したい、そのためなら何でも我慢できる”という全能感というような、そういうのをすごく感じる」

「お金をもってない子たちが、お金で買えないものを手に入れた感じ、
そういうもので満たされている感じがすごくする。」

「人生をやり直したいということ。この子たちは、幸せがまだ始まっていない子たちで幸せを始めたがっている。ずっと不幸せな10代までがあって、ここから自分が幸せになるんだ、幸せになりたいという思いを感じる。その象徴が新しい家族。ただ、そこが幻想で終わってしまうことの切なさ・儚さに共感してあげて、サポートが必要なのだと思う」(NPO法人パノラマ石井さん)

以下のような意見もありました。

 「アルバイトも学校もうまくいかない時に、急に学生から「母」にステージが変わることは魅力的だと思う子もいるだろうと思う。
高校生が妊娠ということステージにいくこと自体が急激すぎるのだが、親になるということがステップアップになる。「お母さん」という称号が与えられたという感覚になり、目の前に急に光が差して視界が開けたような感じになるのかもしれない。
ただ、アフターおめでとうの大変さは理解していない。

危ういのは自己実現の道具として赤ちゃんがいること。その自己実現ができなくなった時にに暴力などが現れる。」

「17~18歳は、本当は遊びたい年齢。シングルの場合、さみしいから新しいパートナーも欲しくなる。その時に赤ちゃんは邪魔になる。それまで希望だった子が、自分の自由を邪魔する子になる。」

 今回のテーマは私自身も考えがあまり整理できておらず、まとめができていないのですが、ただ最後に言いたいことは「高校生マザーズにおめでとうと言いたい」ということです。

「アフターおめでとう」の困難は高校生マザーズ/ファザーズ本人の責任ではなく社会の問題だと思いますし、赤ちゃんが親の自己実現の道具となるか否かは高校生マザーズが顕著にあらわれやすいだけで、どの家庭にも潜んでいる問題なのかもしれません。それをサポートできる社会資本をつくっていこうというのはパノラマの方向性にはとても共感します。高校生マザーズだけでなく、誰にとっても良いことだと思ったからです。

 また、うる覚えですが、奥田さんが「おめでとう」を赤ちゃんに言っているようなコメントがあって、「そうだ、おめでとうは、まず赤ちゃんに。その後の母の選択はその時は考える必要がなく、一番に赤ちゃんにおめでとうと言ってあげるべきなのでは。」と感じました。中絶という決断もあると思います。でも、だからといって赤ちゃんにおめでとうと言わなくて良いわけではない。だから私は「おめでとう」と言おうと思いました。 

news.yahoo.co.jp

 

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officeドーナツトークの田中さんと奥田さん@ZOOM

 

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