傍楽:来栖香のブログ

「働く」とは「傍(近くにいる人)」が「楽(らく)」になること。日々の仕事を通じて社会に貢献する、社会起業家の働き方や生き方を研究中。このブログでは、社会課題をビジネスの力で解決するソーシャル・ビジネス、非営利組織の経営、CSRなどについての気づきを共有していきたいと思います。

SDGsの広がりへの期待と懸念 ~CSRコミュニティの役割について考えた~

 

SDGsの広がり

講談社が発刊する女性情報誌FRaU(フラウ)が2019年1月号で一冊全てSDGsを取り上げ、同時にFRaU×SDGsプロジェクトを始動した。

私が所属しているCSR48(CSRを推進する女子コミュニティ)でも、メンバーが「FRaU SDGs号」発刊&「FRaU×SDGsプロジェクト」の記念パーティを取材している。

www.alterna.co.jp

 

また、広報会議2018年7月号の特集は「SDGs」だったが、販売数は過去最高だったそうだ。この影響からか、11月号にはCSR48が広報コミュニティの一つとして誌面座談会に6ページにもわたって掲載され、10月31日に開催された広報会議の朝活のトークセッションにもCSR48が登壇することとなった。この展開には、わたしもとても驚いた。

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広報会議朝活にリコー太田康子さん、メルカリ山田衣音子さんと3人で登壇

ameblo.jp

 

懸念される「SDGsウォッシュ」

CSR推進の一環でSDGsを呼びかけている立場として、とても嬉しくモチベーションも上がる一方、「SDGsウォッシュ」という言葉に代表されるような懸念を感じているのも事実だ。SDGsウォッシュとは「SDGsに真剣に取り組んでいないのに、取り組んでいるフリをすること」「うわべだけのSDGs」という意味である。

www.alterna.co.jp

 昨年、企業の広報ご担当者と意見交換をさせていただいたことがあったが、SDGsCSRに関心を持った理由として

「会社からSDGsへの取り組みを指示されたが、何をしていいかわからなく困っている」
「近い将来、うちの部門でCSRを取り組むことになる可能性があるから、その情報収集をしたい」
「広報としてCSRを上手く活用したい」
IPOする予定なので、CSRもやらないといけないようだ」

というような声が多かったように思う。
共通しているのは「基本的には社会問題にはあまり関心がないが、自分の仕事の役割の中にSDGsが入ってくることを見据えた準備」という点。社会問題についての知識は少ないものの、真面目で前向きな方々という印象を受けた。

これまでは、SDGsCSRセミナーへの参加者というと、社会問題への関心が高く自社の中で何とか始めようともがいていたり、経営陣からの理解が得られず悩んでいるというような方(ボトムアップ型)が多かったが、時代の変化により、SDGsが経営からの指示や競合対策などから始まり(トップダウン型)、どう対応していいかわからず悩んでいる層に広がってきたと感じる。

SDGsが広がるというのは当然このようなプロセスがあるわけであるが、社会問題への関心・知識が少ない人だけで企画をつくるというのは、当然本質からブレる可能性も高いと思う。(社会問題解決につながらない、自社のPR・情報発信ツールとして始める等)

本来ここをコントロールするのがCSR担当者なのだが、担当者不在だったり、うまく機能していないことが多いのだろうと推測する。

 

CSRコミュニティの重要性

私は、こういう過渡期の時代だからこそ、CSRコミュニティのニーズを強く感じる。私が所属しているCSR48は、このような悩みをもっ方にとって、知恵やネットワークを得られる有益なコミュニティだと自負している。これまでも、CSRでのキャリアを目指す人、逆に意に反してCSR担当者にアサインされ戸惑っている方などがメンバーに加わりながら、お互い助け合ってコミュニティを構築してきた。その結果、CSRキャリアが進み始めた人、社会問題への関心が高くなり勉強を始める人、自らボランティアを始める人、などが出てきて、こうやって質の高いCSRSDGsが生まれてくるのだと思う。

 

企業が「誰一人として取り残さない」なんてムリか

最後に、企業が「誰一人として取り残さない」なんて出来るわけがない、というような声も耳にするが、それは少し捉え方が狭いのではと思う。
企業、NPO、行政と、それぞれ社会問題へのアプローチは異なるのだ。確かに、企業はホームレスの現場支援者にはなれないが、ホームレス支援団体との協業はできる。また、シングルマザーの貧困問題に対して、ソーシャルワーカー的な動きはできないが、自社で雇用するシングルマザーをサポートすることはできる。
「人(社会)の役に立ちたい、地域が困っていることを何とかしたい」という純粋な思いをもっている企業だって少なくないはずだ。この純粋な動機をどう自社に合った取り組みにしていくか。ここが、CSR担当者の腕の見せ所なのかもしれない。

 

補足:SDGsエス・ディー・ジーズ)とは?

SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。2015年に国連が開催したサミットで、世界のリーダーによって決められた国際社会共通の目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っている。

越年越冬活動に参加!

明けましておめでとうございます。


毎年恒例ですが、路上生活者支援をしているTENOHASIの越年越冬活動に立教大学院 21世紀社会デザイン研究科 石川ゼミで参加しました。

越年越冬活動(12/30~1/2)とは、日雇いなどの仕事が途切れたり、生活相談をする福祉事務所も閉まり、寒さが厳しくなる時期に、4日間連続で炊き出しをおこない、 医療相談、生活相談、衣料品の配布などをおこなう活動です。炊き出しに並ぶ列の中には、女性もいました。今年は、30~40代の路上生活経験の浅い方が多かったようです。

tenohasi.exblog.jp

 

約400名分の美味しい甘酒をつくり、池袋の公園で配布しました。

(13キロの酒粕をちぎるのが、一番大変!)

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石川ゼミにて甘酒作り

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13キロの酒粕を細かくちぎります

今年は小学生3年生の女の子も参加してくれて、炊き出しでは、最初から最後まで 声がけしながら配ってくれました。「おかわりも、いいですよ~」という声がけ には、こちらもほっこり(*^^*)。甘酒を受けとる方の表情がゆるむことも少なくなかったように思います。

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池袋の公園で甘酒を配布

 

*写真は一部TENOHASIのSNSからお借りしてます
*今年からTENOHSIのマンスリー寄付会員になりました。今年度 経営が厳しいとのことで、ぜひご寄付をお願いいたしますm(_ _)m

tenohasi.org

人はなぜ寄付するのか ~「社会参加」から寄付による「アイデンティティの確立」へ~

昨日は、キフカッション・コレクション~寄付について語る、夏の夕べ~(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)に参加してきました!ボランティアとして関わっているNPO法人パノラマが今月から毎月応援サポーターを始めまして、ファンドレイジング担当になったので勉強!!です。

毎年お盆の時期は、canpan山田さんがサマースクールなど、雰囲気はゆる~いけど中身は充実したセミナーを企画してくださいます。今回の講師はcanpan山田さんと株式会社シン・ファンドレイジングパートナーズ代表の河内山さん。いつもの講師陣です。

 

寄付つきお菓子&チャリティーソングで交流タイム

セミナー開始までの時間はビールで乾杯の交流タイムです。そして、お菓子は全て寄付つき商品で、BGMも全てチャリティソングという徹底ぶりです。

右:フジバンビ黒糖ドーナツ棒 くまもんパッケージ」

商品の売上1個につき5円を義援金としてフジバンビより日本赤十字社へ寄付。

左:きのとや「札幌農学校 ミルククッキー」

売上の一部を北海道大学へ寄付。さらに、経済的に困窮する学生を対象にした新しい給付型奨学金「きのとや奨学金」を設立

 

ハウス食品とんがりコーン

レッドカップキャンペーンを通じ、国連WFPの「学校給食プログラム」を支援。

 

シーラック「がんばれ!!バリ勝男クン」

富士山を未来へプロジェクト:富士山の保護を目的に、売上の一部を、静岡県が設置する「ふじのくにNPO活動基金」へ寄付

 

 

中山昇陽堂「塩チョコきびだんご」

きびだんごで岡山に貢献する「きびだんごプロジェクト Go to ONIGASHIMA」第一弾商品の「塩チョコきびだんご」。売上の3%を社会貢献活動をしている団体に寄付。

 

社会貢献系イベントを開催するときの参考になりますね~。

 

日本初の寄付付き商品は?

セミナーがスタートし、山田さんによる講義「平成最後の寄付事情&寄付文化」「日本の多様な寄付の系譜」で勉強。印象に残っているのは、日本初の寄付つき商品についてです。

日本初の寄付つき商品は、ライオン(株)の前身の小林富次郎商店の、粉ハミガキ『慈善券付ライオン歯磨』なのだそうです。袋に印刷した「慈善券」を孤児院などの慈善施設に贈ると、その枚数に応じてライオンが寄付をする仕組みで、20年もの間、継続されていたようです。日本のCSRは1900年から始まっていたんですね。

www.lion.co.jp

 

人はなぜ寄付をするのか?

続いて、河内山さんからのミニ講義。「寄付とは何か?」について考えました。

寄付とは何でしょうか?人はなぜ寄付をするのでしょうか?

 

【社会参加のチャンス(社会と接点を持つ機会を逃さない)】

NPO側からすると、寄付って経営資源として大変重要ですが、一方「寄付ってお願いしにくいな・・」という気持ちもありますよね。

河内山さんはNPOのファンドレイザーからそのような本音を聞いたときに、寄付するという行為は社会参加の手段のひとつであり、目の前の人が社会参加するチャンスが目の前にあるのに、それを「お願いしにくい..」という(自分の)理由で無駄にしていいのか?、と問うそうです。

確かに、人生において、社会と接点を持つ機会はそんなにあるものではないかもしれません。そのせっかくの機会に対して、まずは寄付をお願いしてみるという覚悟はファンドレイザーには必要かもしれませんね。

社会への関わり方は様々な方法があるかと思いますので寄付でなくても良いと思いますが、寄付が一番精神的な負担が少なく参加できるものかもしれません。

 

【寄付によるアイデンティティの確立】

次に、最近の海外での寄付の事例から、寄付をすることがアイデンティティとなるという大変興味深いお話がありました。モデルのChrissy Teigenさんは、アメリカのトランプ大統領の移民政策(移民・難民の親子が引き離されるという問題)への非難として、トランプ大統領の誕生日に、移民を支援している米国最大の人権擁護団体「米国自由人権協会」に、家族で計28万8,000ドル(約3,128万円)を寄付したそうです。

ちなみにこの金額は、トランプ大統領の72歳(7万2,000ドル)に自分の家族の人数(4人)をかけたとのこと。

www.instagram.com 

これまでバースデードネーションというと、自分の誕生日に寄付を呼びかけることが一般的でしたが、今回のように、何か社会的な問題が発生した時に、自分の意思を伝える方法として寄付を活用する(寄付する先を明言することで自分の意思を表明する)=アイデンティティ、というのは、今後の寄付の動向として増えていくような気がします。

 

ワークショップからの気づき

ワークショップでは、「これまでの寄付履歴」「寄付をする人にとっての寄付の魅力とは」「日本における寄付の役割とは」について、議論しました。

私のグループは、病児保育に取り組んでいるNPOの広報・秘書、人間の終末期ケアに取り組んでいる社団法人の事務局長、地図情報サービス企業で働いている社会人の方など、多様でおもしろかったです。

 

【寄付の魅力】

寄付者にとっての寄付の魅力って何でしょうか。たぶん、こういうことを団体内でも話さないといけないんだろうな、と思いながら考えました。寄付も単発のものからマンスリー会員まで、また自分のお金を寄付するものからクリックするだけの募金もあり、多様です。寄付の魅力も、それぞれ異なるでしょう。

 

個人的には、今後重要になってくる視点は「寄付をどう仕組み化できるか」だと思っています。パノラマでいえば、毎月応援サポーターだったり、あったらいいなと思っている「校内居場所カフェ基金」のようなものをイメージしてます。 

 

ここに寄付する魅力は何か?と私なりに考えると、パノラマの活動を知り関わることで「自己表現ができるようになる」というのがあるかなと思います。なぜ自己表現なのかというと、寄付してくださる方はパノラマが立ち向かう社会問題に対して「なんかこの問題が気になってしようがない」とか「なんでみんなこの問題にもっと取り組まないんだろう!(怒)」などと、妙に個人的にこだわってしまう部分があるのかなと思います。うまく言えませんが、理屈ではなく「感じる」部分があるということです。

 

なぜ、自分がそこに「感じる」のかを突き詰めていくことが、自分を表現することにつながる→(河内山さんの言う)アイデンティティの確立になるのかな、と私は自分の経験から思っています。

 

元号時代、NPOに寄付する時代は終わる?

最後に、 新元号時代の寄付はどうなるか?という予測について。

平成の寄付の特性としては、災害が多く、災害支援としての義援金があげられるという話がありました。ふるさと納税も始まりましたね。

 

では、新元号時代の寄付はどうなるのか?ネオ慈善は生まれるのか?

私は、新元号時代は「NPOに寄付する時代は終わる」と結構本気で思ってます。

もちろん全くなくなるわけではなく、今は寄付集めの代表となっているのがNPOですが、その代表が変わってくるのではと思っています。

個人によるファンドレイジング、あるいは、行政に近い団体がプロジェクトベースで寄付を募るとか、そんなイメージです。この話になるとまた長くまるので、今日はこの辺で。。

 canpanイベントは久々の参加でしたが、楽しかったです~。

 NPO活動も本格的にやりたいので、これからは、ちょこちょこ勉強会に参加したいと思います!

 

NPO法人パノラマへのご寄付はこちらから

npo-panorama.com

 

 

 

 

 

NHKスペシャル “駅の子”の闘い ~語り始めた戦争孤児~を見て

NHKスペシャル“駅の子”の闘い ~語り始めた戦争孤児~を見た。

戦争の被災者で最も弱者である子どもたちが 駅で寝泊りし、「浮浪児」という蔑称で呼ばれ、とてつもなく大きな差別を受けていたという事実。誰ひとり「大丈夫?」と声をかけてくれる人はいなかったという【無関心さ】から、駅の子を治安を乱す存在として【嫌悪】に変わるその様は、現在の貧困問題、ホームレス問題にも重なってくる。

保護するべき弱者の子どもを狩り込み(いわゆる強制収容)する警察の行動は、過去あった「治安維持」という名のホームレスの狩りこみ、焼き討ち、現在の強制排除とも通じる。国による「治安維持」を理由にした弱者の強制排除が、この日本で子供にまであったのかということが衝撃だった。

www6.nhk.or.jp

空襲などで親を亡くした戦争孤児は12万人にも及び、孤児が駅で寝泊まりする姿は全国で目撃され「駅の子」と呼ばれたが、その実態はあまり調査されてこなかったようだ。NHKが3年間かけて孤児への聞き取りや資料発掘をおこない、この番組ができたようだが、戦争孤児が置かれていた環境は想像を超えるものだった。

昭和21年。私の両親が生まれたのが昭和25年だから、そのほんの少し前の出来事とは思えない。当時の日本は、失業者や引揚者の対応に追われていたという背景は理解するが、『戦争が終わってからが本当の闘いだ』というこの事実はあまりにショックだった。

いくつか本を読んでみよう。

目の前に倒れている人がいても助けられない心理

 本当に毎日暑い。こうも暑いと当然のことながら、通勤ラッシュや帰宅途中に具合が悪くなる人を見かけるケースも増えてきたように思う。

私は倒れてる人(うずくまっている人)を見かけたら、声をかけるようにしている。

しかしながら、その前を通り過ぎていく人がほとんどだ。

 

 先日、フローレンスで働く尊敬する友人と久しぶりに東中野で食事をして、いろいろな話をした。彼女は、いつも私の三歩くらい先の視点をもっていて、大切な気づきを与えてくれる。

東中野駅は、2年間に渡り監禁されていた埼玉県朝霞市の女子中学生が脱出し助けを求めて保護された駅なのだそうだ。助かって本当に良かった。命からがら逃げてきて、やっと助けを求めたところでも、助けてもらえないことも、このご時世不思議ではないから。

 そんな話をしていると、彼女が「この暑さって路上生活者には本当に厳しいだろうね。大丈夫なのかな?」と言った。確かに、これまでは1年の中で冬の凍死が一番心配だったけれど、この暑さが毎年となると夏も相当厳しいのではないか。

そして、うずくまっている路上生活者の前も、多くの人が普通に通りすぎていく。

 すると「私、男性にはなるべく声かけるようにしてるんだ」と彼女が言った。

理由は、男性が倒れていると、「酔っ払いだろう」とか「男だから大丈夫だろう」などと自己責任で片付けられ、声すらかけられないことが多いからだと言う。

確かに、私も男性よりも女性に声をかけることが多い。どこかで「飲みすぎかな」とか「まあ、大丈夫かな」とか思ってスルーしているのだということに、はっと気づかされた。

 

 本来、目の前に人が倒れたいたら(うずくまっていたら)、その(具合が悪くなった)理由なんかは関係なく(わからないし)、その事象だけを見て助けるべきなのではないだろうか。 それを、何かと理由をつけて助けられない人が多いのだ。

 

 この延長線上に、日本人の、路上生活者や難民問題への関心のなさがあるのではないかと感じる。かたい言い方をすると、社会全体としての人権意識の欠如と言えるのではないだろうか。


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TENOHASIの会報誌37号が届きました!~手厚い支援が必要な人ほど劣等処遇になっている~

 路上生活者支援をしている「TENOHASI」の会報誌が届きました。

tenohasi.org

 

2018年総会報告として、炊き出しに並ぶ人数がやっと200人を切ったとの報告がありました。2005年から記録を取り始めてから、200人を切ったのは初めてとのことです。支援者の方々の地道な努力の結果だと思います。ちなみに、リーマンショックの時は300人を超えていたようです。

 

ページをめくっていると、『「船橋はいいところだよ」 追悼 ますっち』という特集がありました。これは、TENOHASIのベテラン支援者(わたしも知っている方です)が、元路上生活者(ますっち)との出逢いからお別れまでのストーリーを5ページにも渡って綴っているものでした。彼の文章は愛情に溢れ、とても心に染み入りました。

 

「ハウジングファースト」は路上生活者を福祉に近づける

ますっちは「路上から直接アパートへ」というハウジングファースト型の支援をした一人目の方なのだそうです。路上生活者支援の課題として、首都圏で路上から生活保護を申請すると、劣悪な環境の施設(集団生活)に入れられて、そこで数か月耐えてやっとアパートに入居できるという現状があります。路上生活者の中には障害をもった方も少なくなく、この環境に耐えられずたくさんの人が逃げてしまうのです。ますっちも、過去何度も逃げてしまったそうです。

 

comriap.hatenablog.co

ところが、TENOHASIが心ある大家さんとアパート契約を先にすませ、その後生活保護を申請すると、あっさり「路上→アパート入居」が認められたそうです。これで、ますっちは、アパートに入居することになります。(これが、ハウジングファースト!)

でも、アパート生活になったからといって、ますっちが抱える本質的な問題が解決するわけではありません。

ますっちは軽度の知的障害があったそうです。前述の通り、路上生活者には障害をもった方が多く、福祉につながりにくいという問題があります。ただ、ますっちは支援にはつながっており、40歳くらいまで制度を利用しながらご家族と暮らしていたそうです。ただ、その後交通事故に遭い、頭や脚にも障害が残ってしまったといいます。

また、工場で働いていたときに悪い同僚がいて、お酒・ギャンブル・シンナーを教わって歯止めが利かなくなり、家族といろいろあって、家を出て路上生活に入ったようで、彼が初めてますっちに会ったときは、50代半ばだったそうです。

アパート暮らしになって、安心して暮らしたのかなと思いきや、アパートの大家さんのお話によると、一人暮らしがつらかったようです。寂しいというのと、掃除やゴミ出しで注意されることや隣人への気遣いなどがあったみたいです。繊細な方だったんですね。それから、アパートから、いなくなっては戻ってくることを何回も繰り返し、1年くらいでそのアパートを退去します。

でも、そんな中、支えになったのが、元路上生活者の仲間だったようです。

アパートを退去したあとも、彼とますっちとの関わりは切れることなく、路上とグループホームをいったりきたりしたあとに、べてぶくろのグループホームに入り、そこから再びアパート生活にチャレンジします。(べてぶくろとは、当事者研究を発明した浦河べてるの家の池袋支部です)

 

www.bethelbukuro.jp

 

 

何度でも戻ってこれる場所
ハウジングファーストには「何回失敗してもまた家を用意するし、何回でも支援する」というポリシーがあるそうです。
しかしながら、実際のところは、「もうダメだ」と思うことが何度もあったといいます。

でも、その度に、ますっちは戻ってきて、みんなも「おかえりなさい」と迎え入れる。そして、また支援を始められる関係性があるんですね。TENOHASIの支援は、人権(存在の支援)をとても大切にされているのではないでしょうか。

会報誌の中で、大変印象に残っている部分があります。

映画が好きだということでオールナイトに2度付き合いました。家のある感覚を取り戻してほしくて何度も旅行に行きました。その頃は多くのボランティアが連携して支援する形でしたが、重い人ほど人手とお金が必要です。ところが、そういう人ほど福祉的には劣等処遇になっていく。

社会的包摂が大事だと言いますが、依存症の方は支援側から見えないネットワークに既につながっています。お酒や薬をおごってくれる人やカツアゲする相手です。そんなネットワークでも孤立よりは良いのだと言いたい気もしますが、それなら被害者のケアもしなければならない。(TENOHASI会報誌『「船橋はいいところだよ」 追悼 ますっち』より)

示唆に富む内容です。依存症に限らないのかもしれませんが、支援側から見えないネットワークというのは、支援者にとってとても手強いのではと思います。

以前、パノラマの石井さんが座間市死体遺棄事件から、以下のようなことを書かれていました。

弱った者を自分に依存させることは容易い。そして、依存されていない他者が、その依存を解くことは非常に難しい

人間は弱ってしまうと「あっという間に」悪い仲間に依存してしまうのだろうと思います。
そして、それは例え家族であっても、依存されていない人がその依存を解くことは難しいし、それが良いこととも限らないのだろうと思います。
『悪い仲間であっても「孤立よりはいい」』と思うのは人間の本能なのかもしれません。

note.mu

また、重い人ほど人手とお金が必要なのに、現状はそういう人ほど福祉的サポートを受けられていないというのも考えさえられます。ますっちを見てもそうですが、重い人ほどケースも多様で、「仕組み」にはまりにくいので、成功のモデルケースをつくるというのは難しいのではないかと思います。そうなると、ビジネスモデルをつくる(事業化)というのもなかなか難しいと思います。つまり、

重い人ほどKPIを設定するのはむつかしく、生産性を軸にした「成果」からは遠くなるため、お金がつかない

という問題です。エビデンスはしっかり集めていて調査レポートを出したり、政策提言をしていてもです。もちろん、KPIを設定し見せる努力は必要ですが、それ以前に、それができなかったとしても、彼らが路上で生活していることを正当化できることにはならないはずです。無条件に支援が受けられるべきであり、人権は守られるべきです。

 

横連携の重要さ

ますっちは、孤独に耐えられずTENOHASIのアパートからは出てしまいましたが、TENOHASIとつながりのある「べてぶくろ」のグループホームにつながり、当事者研究で困難を乗り越えながら、アパート入居に再チャレンジします。より合ったサポートを受けらるようになったのではないでしょうか。

ここから感じるのは、現場支援者同志の横連携の重要さです。

社会問題は複雑化且つ多様化し、ひとつの団体では解決できないことが増えてきていると感じます。それに対応していくには、現場支援者同志のネットワークが強化される必要があると感じました。

たとえば、ホームレス支援団体の支援者と児童養護施設退所者の支援者のつながりなども必要だと思います。

 

最後に、、TENOHASIは、今年度経営が厳しいようなので、寄付をぜひよろしくお願いいたしますm(__)m

tenohasi.org

 

 

「貧困という体験」が人に何をもたらすのか~他者に厳しい社会になった理由を考える~

他者に厳しい社会。弱者が弱者を叩く社会。これは、弱い社会の象徴である。まさに「分断社会」。しかし、彼らはなぜ叩くのか。それには、きっと理由がある。

 

先日の放送大学で聴いた神戸大学大学院の西澤 晃彦教授による「貧困と社会:貧困という体験~貧者のアイデンティティ~」にて、以下のような説明があった。

放送大学 授業科目案内 貧困と社会('15)

 

この弱者が弱者を叩く社会背景には、社会があまりにも「経済的自立」にこだわり、依存を敵視するようになったことが要因のひとつにあり、これにより、「貧」に対する社会の見方が変わってきたようだ。

●貧困の忘却~「豊かな社会」の陥穽(かんせい)~

貧困状態としての敗戦直後から、「総中流の神話」へ。その過程を通じ、貧困は積極的に忘却され無意識へと沈められていった。

 

●貧困の犯罪化~新自由主義の刻印~

高度経済成長後、忘却は攻撃へと転回する。「生活保護の不正受給」をめぐる議論の変遷と政府の対応                                     (放送大学シラバスより)

経済的に自立できないことが、能力の欠如と怠惰だと結び付けられるようになった。そして、皮肉なことに、貧者ほど、それを「なめらかに」受け入れる。そして、それが自分自身の強い自己否定となり、結果自分自身を排除するようになる。だから、生活保護などの社会保障制度を利用したがらない。「自身の排除」は福祉から遠ざけるのだ。これは、ホームレス問題とも深く関わっている。

 

そのような状況の中で、なんとか自分のアイデンティティ・自尊心を保とうとするための行為が、「他者の依存への批判」だという。

 

自分より劣っている「あいつら」を常に探し、劣っている「あいつら」の依存を批判することで、自分を保つ。「あいつら」がいなくては自己を見失う、「あいつら」なしでは、自分のアイデンティティが維持できないのだ。

 

つまり

貧困体験によって、関係性とアイデンティティが確立できないことが、貧困体験の中核的要素と言える

と西澤教授は指摘する。

 

このシリーズは全部聴講したかった。おもしろかったです。

 

こちらの本もオススメです。

分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略 (筑摩選書)

分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略 (筑摩選書)