傍楽 ~未来をつくる仕事をしよう~

「働く」とは「傍(近くにいる人)」が「楽(らく)」になること。日々の仕事を通じて社会に貢献する、社会事業家・活動家から感じたことを綴っていきます。

企業化するNPO2 「当事者隠ぺいと既成価値の強化」に参加~「良き問い」無くして「良き解」は出てこない。

4月20日に東洋大学で開催された、一般社団法人officeドーナツトーク田中さん主催の「企業化するNPO2 当事者隠ぺいと既成価値の強化」に参加した。昨年の「劣化する支援」に続いての会。一見わかりにくいこのテーマは、特定団体を批判するためにやっているわけではなく、衰弱している(であろう)NPO業界が抱えている問題を広げていき、一般化していくことで、様々な立場の人に通用するような「問い」をつくっていくことだという説明が冒頭にあった。

「良き問い」無くして「良き解」は出てこない。

これは、私の尊敬する師がよくおっしゃる言葉だ。この「良き問い」を立てるのが、この会の趣旨なのだと私は理解している。

今は、NPO業界の関係者が本音で議論するフェーズにあるのだと思う。しかし、実際はそのような場がほとんど無いことが「良き問い」が出てこない問題の根本にあるのかもしれない。

NPOの企業化とは?

NPOが企業化するとはどういうことなのか。何が問題なのかという点について、田中さんよりご説明があった。田中さんはNPOの企業化を新自由主義に基づいたNPOとして表現していた。 

 新自由主義(しんじゆうしゅぎ、英:neoliberalism、ネオリベラリズム)とは、 国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重 視を特徴とする経済思想。

 資本移動を自由化するグローバル資本主義は新自由主義を一国のみならず世界まで広げた ものと言ってよい。

 国家による富の再分配を主張する自由主義(英:liberalism、リベラリズム)や社会民主 主義(英:Democratic Socialism)と対立する。

     出典:日本総研 経営コラム「新自由主義」

緊縮財政と民営化の「小さな政府」は、子ども若者支援の現場では、NPOを行政の下請け業者的な位置づけにしてしまい、NPOへの各事業の丸投げが目立ってきているそうだ。(ここには、行政職員の約1/3の給与で働くNPO職員がいる)

では、新自由主義が支援業界に混ざることが何故問題なのかというと、「サバルタン(真の当事者)」が生み出されることだと、田中さんは指摘する。

例えば、虐待を受けて育った子ども・若者、高齢の引きこもりなども、いまある支援サービスの網ではなかなか救えない人々がいて、それが、若干数ではなく、数十万~200万人単位で存在すると推測されているそうだ。

たとえば、以下のような支援サービスがある。これらは、行政の委託事業や財団からの支援金で運営されているが、共通する問題は、行政や財団が素人的組織に委託することで、サバルタン(真の当事者)を見落としてしまう(見落としてしまったことにも気づかない)ことだと言う。

・100万~200万人単位いるひきこもりの人々の数%しか支援できない引きこもり支援サービス

・学校内に「居場所」を設置したが、虐待支援等の知識がない「校内居場所カフェ」

・貧困層の多くにニーズがないにもかかわらず学習クーポンを配布したり勉強を教える「学習支援」

また、見落としてしまう背景には、サバルタン(真の当事者)たちが新自由主義者(支援者)が醸し出す雰囲気を嫌い、支援者たちが気づかないうちに離れていくということもあるようだ。

例えば、引きこもりの人が、やっとの思い(5~6年悩んでやっと来れる人も少なくないそう)でサポステ(若者サポートステーション)などに就労相談に行ったとしても、そこにいたのはバリバリ・テキパキ系キャリアカウンセラーだった場合、「あ、この人自分には無理・・」と1~2回の面談で去っていってしまうことは、私にも想像できる。(この支援者はもちろん真面目に仕事をされている。営利企業のサービスとしてのキャリアカウンセラーだったら問題ないが、引きこもりの人を支援するという点において、スキルが不足している)。この支援者も来なくなった相談者のことは気になるが、サポステのルール上追いかけることはむつかしいし、相談者は次から次へと来るので次第に忘れていく。

結果的に、こういった支援者たちについていける人だけが、その団体にとっての当事者となり、サバルタン(真の当事者)が生み出されていく。これが若干名ではなく、かなりのボリュームとしてあることが問題であり、今話題の8050問題は、ここでこぼれおちた方々なのだろうとも推測できる。

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また、今回の会場であった東洋大学の小川祐喜子先生(東洋大学人間科学総合研究所客員研究員、非常勤講師)は、引きこもりなどの当事者ではなく支援者の研究をされているとのことで、「人は他者との関係によって変わる」という前提から、引きこもりの若者が変わるというのは支援者の影響が大きいので、支援者のスキルが良くないものだったらどうなるのかというのと、それら(支援の質の低下)を作り出す構造についてみていく必要があると指摘されていた。NPO団体という構造化されたものがあり、そこでの支援が当たり前になっているのであれば、サポステに来た若者がすぐに来なくなってしまうというのは、NPOの理念自体が新自由主義に向かっている傾向にあるのではないかという見解であった。

なぜ、NPOが企業化するのか

なぜ、NPOが企業化しているのか。そこには、NPOが食べていけない(生計が立たない)職種であるという問題が根っこにあるのではないかという指摘があり、経営者が職員を食べさせていくために「企業化(目先の行政にぶらさがっている委託事業をとりにいく、ミッションにはない新規事業を始める等)」しているのではないかという視点で、会場での議論が始まった。

数年前から「NPOでも食べてようになった」という声も一部であるが、NPOで食べていけるのは20代か、一部の才能ある創業者であり、『ふつうの30代以上の従業員』は食べていけないということを、もっとしっかり伝えるべきだという結論になった。

NPO職員の年収は200~300万。また、行政からの委託事業に携わる人の場合は雇用形態も有期雇用契約となる場合が多い。20代だったらなんとかやっていけるが、30代になり将来設計を考えるようになったときに社協などに転職するというパターンは、あるある話らしい。

また、NPOの収入源は「寄付」「行政からの委託費用」「助成金」「事業収益」であるが、「事業収益」は対象者が利用料金を支払える中流階級以上の場合になるので(ホームレスや貧困、虐待当事者からは利用料金をいただくことはできない)、ここもまたNPOが企業化している要因の一つであると思う。

NPO職員の高い専門性に理解と敬意を

将来設計を考えるのであればNPOでは30代以降は食べていけないという結論になり、田中さんから「NPOはボランティアでいい。食べていける職種である必要はないのではないか。」という話があったが、NPOが高い専門性をもったプロ&地域の他セクターとの協業体制構築が出来るようにするには、本業をほかにもっているボランティアでは厳しいのではと思う。NPO支援者は高い専門性があると思うが、それは本当にボランティアで出来るのか、とか。

ある参加者の方がおっしゃっていた「(NPOは)専門性と敬意をもってみられない」という言葉も、個人的にはすごくひっかかっていて。NPOは職業としての専門性も高いし、社会を変えるための仕事をしていて、本来はもっと敬意をもって見られる職種ではないかと思うのだが、日本では少し下に見られている気がする。

NPOの企業化の要因のひとつには、こういった社会からの見られ方も影響しているのではと感じた。

まだまだ議論は続きそうだ。
news.yahoo.co.jp

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企業化するNPO2 @東洋大学