傍楽:来栖香のブログ

「働く」とは「傍(近くにいる人)」が「楽(らく)」になること。日々の仕事を通じて社会に貢献する、社会起業家の働き方や生き方を研究中。このブログでは、社会課題をビジネスの力で解決するソーシャル・ビジネス、非営利組織の経営、CSRなどについての気づきを共有していきたいと思います。

「貧困という体験」が人に何をもたらすのか~他者に厳しい社会になった理由を考える~

他者に厳しい社会。弱者が弱者を叩く社会。これは、弱い社会の象徴である。まさに「分断社会」。しかし、彼らはなぜ叩くのか。それには、きっと理由がある。

 

先日の放送大学で聴いた神戸大学大学院の西澤 晃彦教授による「貧困と社会:貧困という体験~貧者のアイデンティティ~」にて、以下のような説明があった。

放送大学 授業科目案内 貧困と社会('15)

 

この弱者が弱者を叩く社会背景には、社会があまりにも「経済的自立」にこだわり、依存を敵視するようになったことが要因のひとつにあり、これにより、「貧」に対する社会の見方が変わってきたようだ。

●貧困の忘却~「豊かな社会」の陥穽(かんせい)~

貧困状態としての敗戦直後から、「総中流の神話」へ。その過程を通じ、貧困は積極的に忘却され無意識へと沈められていった。

 

●貧困の犯罪化~新自由主義の刻印~

高度経済成長後、忘却は攻撃へと転回する。「生活保護の不正受給」をめぐる議論の変遷と政府の対応                                     (放送大学シラバスより)

経済的に自立できないことが、能力の欠如と怠惰だと結び付けられるようになった。そして、皮肉なことに、貧者ほど、それを「なめらかに」受け入れる。そして、それが自分自身の強い自己否定となり、結果自分自身を排除するようになる。だから、生活保護などの社会保障制度を利用したがらない。「自身の排除」は福祉から遠ざけるのだ。これは、ホームレス問題とも深く関わっている。

 

そのような状況の中で、なんとか自分のアイデンティティ・自尊心を保とうとするための行為が、「他者の依存への批判」だという。

 

自分より劣っている「あいつら」を常に探し、劣っている「あいつら」の依存を批判することで、自分を保つ。「あいつら」がいなくては自己を見失う、「あいつら」なしでは、自分のアイデンティティが維持できないのだ。

 

つまり

貧困体験によって、関係性とアイデンティティが確立できないことが、貧困体験の中核的要素と言える

と西澤教授は指摘する。

 

このシリーズは全部聴講したかった。おもしろかったです。

 

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分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略 (筑摩選書)

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