傍楽:来栖香のブログ

「働く」とは「傍(近くにいる人)」が「楽(らく)」になること。日々の仕事を通じて社会に貢献する、社会起業家の働き方や生き方を研究中。このブログでは、社会課題をビジネスの力で解決するソーシャル・ビジネス、非営利組織の経営、CSRなどについての気づきを共有していきたいと思います。

劣化する支援@東京に参加して考えたこと~代表理事の経営哲学が支援の質を左右する~

GW初日は、劣化する支援5@東京is burning!/批評の中間支援に参加。これは、一般社団法人officeドーナツトーク代表の田中さんが、以前より問題提起されているNPOの支援の劣化について議論する勉強会。田中さんのほかに、NPO法人パノラマ代表の石井さん、静岡県大・津冨宏先生がゲストでした。私は途中参加でしたが、その感想を書きたいと思います。

blogos.com

 

劣化する支援を話し合う前に
 劣化する支援を話し合う上で認識しておく必要があることは何でしょうか。それは、田中さんの以下記事にあるように、日本も階層社会となり、経済的下流層の人々は下流層のままであり続け、「弱いものがさらに弱いものをたたく」といった事態が日々起こっているという、大変厳しい現状があることを、我々は先ずしっかり認識すべきだと思います。

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社会起業家やソーシャルビジネスに憧れる若者世代の登場 

 東日本大震災で、ソーシャルビジネスや社会起業家がヒーロー的存在になり、中流家庭出身の学生・若者が、有力な就職先のひとつとして、NPOなどのソーシャルセクターに就職することも珍しくなくなってきました。これ自体はNPO業界全体として喜ばしいことだと思います。

しかしながら、当時は災害支援が多かったけれど(←ここまでは良かった)、最近は日本の貧困問題に予算がつくようになったこともあり、子どもの貧困を中心に貧困が、ややブームになり、他の分野で活動していたNPOが自社の事業活動を貧困問題にまで広げてくることが増えてきました。これが、支援が劣化してきた大きな要因であると認識しています。

 

「貧困コア層」と「おしゃれNPO」の絶対的な断絶

 「貧困コア層」(下流貧困層)は「おしゃれNPO」に属するような中流層の若者たちとは絶対的に距離を置くそうです。この断絶は、'ひねくれ'や'あまのじゃく'的な距離ではなく、【絶対的な断絶】だと、田中さんは指摘します。喧嘩して拒否するといった感情的なものではなく、関わること自体を拒否するそうです。そもそも「おしゃれNPO」の活動に関心が無く、「活動はどうぞお好きに、私には関係ないことだ」というスタンスで自衛している、というような状況だと認識しています。

この【絶対的な断絶】は、どこから生まれるのでしょう。それは、中流層の「おしゃれNPO」支援者の無邪気で明るい言葉に表れる『感受性の鈍さ』であり、その『感受性の鈍さ』は貧困コア層にとっては暴力であり、それが断絶を生んでいると田中さんは言います。

「努力すればいつかは報われる、いつかはつながれる。学習支援も受けていくと、いつかはそれなりの幸せが訪れる」

という無邪気な言葉の暴力が貧困コア層の若者を傷つけ、「ああ、この人たちには、自分たちは絶対的にわかっていない」と身をもって知り、一方「おしゃれNPO」支援者たちは、自分たちが拒否されていることにすら気づいていなく、そこから断絶が生まれていると田中さんは指摘します。

下流には下流なりの幸せがあり、一瞬の微笑みは毎日訪れる。けれどもその幸せや笑みは、決してミドルクラスのソーシャルな若者たちが無邪気に描くことのできる笑みではない。
それは、虐待サバイバーの笑みであり、相対的貧困のなかでの笑みなのだ。常にどこかで負い目や物足りなさや怒りや諦めを抱く(思春期的痛みではない)諦めの中の笑みだ。 

 

社会の変化に合わせて団体ミッションを変える時代
 貧困問題に代表されるように、社会問題は、ざっくり5年くらいの周期で変化していくと言われています。それは、NPO団体としてのミッションも時代にあわせて変化させていく必要があるということでもあります。時代に合わせてミッションを変えていくという柔軟性は大きい団体には難しく、つまり、大きい団体による貧困コア層への支援はむつかしいのではという議論がありました。ではどうしたら良いか?

小さく良質な組織を全国にたくさんつくり、プロジェクト別に個々に協業していく

というお話はなるほどと思いました。しかし、これを実現させるには、

イデア・発信力など代表理事の力量が問われます。小さい組織の代表理事を社会で育成していく必があるということです。

 

 代表理事の経営哲学が支援の質を左右する

 では、中流家庭出身の支援者は、貧困問題の現場で支援者として取り組むことは出来ないのかというと、そういうことでもないようです。現に、NPO法人パノラマのスタッフさんは、貧困コア層の学生が集まる学校の中で支援者として活躍されています。そこで私は、「おしゃれNPO」と「本来のNPO」の違いは、代表理事に経営哲学があるか否かではないだろうかと考えました。

 私の尊敬する社会事業家、ケア・センターやわらぎ 代表理事の石川治江先生は、700人以上の社員を雇用する経営者ですが、やわらぎは支援の現場に経営理念が行き届いていることで有名です。

【レポート】『社会事業家100人インタビュー』(特)ケア・センターやわらぎ 代表理事 石川治江氏 | ソーシャルビジネスネットワーク

どうやったらそのようなことを実現できるのかと、先生に「経営者としての哲学」を個別にお聞きしたことがあります。

  • 29年貫いてきたこと。それは、即現場(介護ケア)に入れる理事長であり続けること。今日も、何かあったらすぐに現場に入れるような服装で来ている。これを29年貫いてきた。
  • 真実は現場にしか無い。地べたを行くことが大事なことだとわかっている。しかし、経営者として「美しく見せる努力」をしている。
  • どんな仕事であっても、働く姿は美しくあるべきである。現場のスタッフの働いている姿は美しいか
  • 徹底的に弱者を見ろ」と常に従業員には言っている。なぜなら、そこから始まれば間違いが無いし本当の力がつく。責任は理事長である私がとる。

他の人もこうあるべきだというわけではなく、「自分の哲学」があるかどうかだということでした。それがないと、団体の方向性がぶれたり、何かトラブルがあったときに判断する軸(心の拠り所)がないため経営があっという間に傾くリスクがあるとおっしゃっていました。


 最後に、勉強会終了後の懇親会では、支援者・元支援者の方もたくさんご参加されていて、色々お話をお聞きすることができました。彼・彼女らの愛憎まじる団体批判も、まさに上記のような哲学が無かったことに起因しているように感じました。個人的には、団体・業界にがっかりして辞めていった元支援者の方々の辛口コメントの中には、今もまだ団体・業界への「愛」があり、その「愛」が予想以上に大きかったことが印象に残っています。