傍楽:来栖香のブログ

「働く」とは「傍(近くにいる人)」が「楽(らく)」になること。日々の仕事を通じて社会に貢献する、社会起業家の働き方や生き方を研究中。このブログでは、社会課題をビジネスの力で解決するソーシャル・ビジネス、非営利組織の経営、CSRなどについての気づきを共有していきたいと思います。

若者支援は10代にもっと投資すべき①~NPO法人パノラマの高校内居場所カフェ事業「ぴっかりカフェ」の事例から~

本日は、昭島市議会みらいネットワーク会派主催の「第8回まちづくりシンポジウム 地域がつくる中高生の居場所〜校内居場所カフェ」に参加してきました。今月は、子ども・若者のサードプレイスを考えることを目的とした校内居場所カフェのイベント3つ目です。じわじわ広がっているのがうれしいです。

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前半は、NPO法人パノラマ代表の石井さんによる基調講演として「地域がつくる中高生の居場所〜校内居場所カフェ」。後半は、西東京市主任児童員 西原 みどりさんによる西東京市立青嵐中学校「せいらんブックカフェ」の事例紹介です。

石井さんの単独の講演を聞いたのは久々でしたが、やっぱりお話が上手で引き込まれますね~。

 

福祉以上就労未満の若者たち

先ずは石井さんの講演から。石井さんは、支援している引きこもりの若者が置かれている状態のことを「福祉以上就労未満の若者たち」と表現されていました。「福祉」というのは障害者手帳をもつという選択や生活保護受給者となるということで、「就労」というのは一般企業への一般就職を指します。このどちらにも行くことが出来ない若者たちがいるということです。

 この図は、障害者手帳をもっていない発達障害者を想像するとわかりやすいと思います。「発達障害の特性をまわりが理解していないために、マルチタスクが求められる一般企業に就職してもうまくいかず辞めてしまうけれども、だからと言って障害者雇用枠で働きたくはない。どうしたらいいか」。何度も聞いた相談を思い出します。

福祉以上就労未満の若者の支援が手薄で、引きこもりの若者に発達障害が多いというのも納得です。この若者たちには社会に出る前から支援が必要で、彼らが実際に困るのは学校を卒業し社会に出てからが多いので、困った状態に陥る前(在学中)に支援・支援者とつなげる(=図の予防支援と政策)ことが、予防支援という点でとても重要なのだと思います。

 

10代は社会的投資効果の高い年代という仮説

 次に、若者の就労支援において、どの年代への支援が一番社会的投資効果が高いか、という大事な話。

 このグラフにある通り、サポステ(地域若者サポートステーション)への来所者は、27歳~30歳が一番多く、高校生・大学生の22歳までは人数が少なく、ここが問題だと石井さんは指摘します。

(地域若者サポートステーションとは、働くことに悩みを抱えている15歳~39歳まで(来年度より44歳まで)の若者の就労を支援する厚労省の機関です。実際には、引きこもり・若者支援のノウハウがあるNPO法人が受託し運営しています。)

石井さんは、これまでのご経験により、10代への支援は驚くような変化が生まれることがあるといいます。わかりやすい例えで、27~30歳の引きこもりの若者は「くすぐっても笑わないし、おだてても喜ばない」が、10代の若者は「くすぐったら笑うし、おだてたらとっても喜ぶ」という違い。石井さんの一言で不登校だった子が通学するようになったり、三者の言葉を前向きに捉える純粋さや精神的な力があるのだと思います。

しかしながら、社会に出て27~30歳になった時にはもう純粋さや力は削がれてしまっていることも多いそうです。だから、この年代で出逢ったのでは遅いこともあるかもしれないし、ここから回復させていくには、時間・当事者・支援者の負担も大きいのだと思いました。しかしながら、現状はこの層に一番投資をしている。ここを見切るのではなく、もっと若い世代に注力する必要があるのではないかという考えに賛同します。

社会的投資効果については、もっと深堀りできたらいいなと思いました。

 

生まれた家で、ある程度の人生が決まってしまうという現実

 NPO法人パノラマが神奈川県立田奈高校で運営しているのが「ぴっかりカフェ」ですが、田奈高校は入試の際には試験も内申もない公立高校で、不登校生でも入りやすい高校であることが特徴です。

tsusinsei-guide.net

そのため、貧困、虐待、障害など困難を抱えた生徒が多く、課題集中校とも呼ばれています。

田奈高校は相対的貧困の状態にある学生やひとり親家庭の学生が多いようです。石井さんのおっしゃるように、田奈高校に通っている学生は、経済格差の象徴だと思います。

 【「相対的貧困」とは】

所得の中央値の半分を下回っていることです。少し古いですが、平成27年度の日本の所得の中央値が245万円なので、122.5万円以下で生活している人を指すことになります。月収でいうと約10.2万円です。これに当てはまる人が日本だと15.6%、6人~7人に1人となります。

 

絶対的貧困相対的貧困

貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」二種類の定義があります。

絶対的貧困

生命を維持するために最低限必要な衣食住が満ち足りていない状態のことを指し、飢餓状況にある貧困、路上生活者などになるかと思います。

相対的貧困

地域社会において「普通」とされる生活を享受することができない状態のことを言います。「貧困」の基準が、その人が生きている国、地域、時代等によって、変化することが「絶対的貧困」との一番の違いです。日本の高校生で言えば、修学旅行に行けない、部活費用のお金がなく辞める、1日1食しか食事がとれない、などです。

 

貧困=経済的資本がないと、なぜ夢や希望がもてなくなるのでしょうか。

それは、経済的資本がないと、文化的資本(修学旅行、飛行機に乗ったことがある、ディズニーランドにいったことがある)がなくなります。文化的資本がないと人脈という社会関係資本がなくなり、孤立しがちになります。その結果、自尊心を育めず夢や希望を持ちにくくなるといい、これが格差の問題なのだと思いました。

 

 

これまでの個別相談では何故ダメなのか

一般的におこなわれている「個別相談」では何故ダメなのでしょうか。それは、個別相談とは、自分が困っていると認識している(課題が顕在化している)ことが前提だからだと石井さんは言います。

しかしながら、貧困や虐待などが日常化している子どもにしてみれば、今の状態が普通だと思っているわけで、自分が困っている人間だという自覚はない(課題が潜在化)子どもも多いということです。

また、極端な話ですが、学校で良い子でいれば、家庭で何があっても学校側が気づくことは難しいということもあります。

 校内居場所カフェは、カフェを通じて自然と先生以外の大人と信頼関係を築くことで、日々の言動から「貧困」「虐待」「障害(発達障害等)」などの兆候を察知し、自然な形で支援に結び付けることが可能になります。

 

人生の「フック」を増やす

 では、「自分が困った状況あるいは困った状況になりやすい」ということを認識していない若者への支援とは、どうあるべきなのでしょうか。

石井さんは、文化資本というフック」を増やしてあげることが支援だといいます。

 文化的な人というのは、上記写真の図のようなフックを、たくさん持っている人だと言います。多くのフックをもっている人は、ちょっとした立ち話でもハイコンテクストで人と盛り上がることができます。ぴっかりカフェには、このフックを持った富裕層・ノブレス・オブリージュがボランティアとしてたくさん参加しており、彼らとの触れ合いから、学生たちはこのフックを増やしていくことができます。それは、とても重要なことかと思いました。

 

若者の心に矢を射ることができる第三者

田奈高校の学生や引きこもりの若者は、親と教師以外の大人とはほとんど知らないそうです。田奈高校に限らなく、多くの若者はそうかもしれません。

 

石井さんは、子ども・若者支援には三本の矢を射る人がいると言います。

 

1本目は「うるさいな~」と思う親

2本目は「うざいな~」と思う教師

3本目は【心に刺さる矢】を射ることができる第三者

 

3本目の矢を射ることができるのは、おそらく若者たちにとって自分を評価しない大人だと思います。親でも教師でもない大人。校内居場所カフェで出逢う大人は、彼らを評価せず、そのままを見ようとしてくれます。だから、親や教師が言ってきかないことも、第三者が言うと素直に聞いてくれたりする。そういう出逢いを増やすことが支援者の役割だというお話はとても共感しました。

 

 今日は改めて勉強になりました。校内居場所カフェを広めるには、やはり、背景や運営者の思い、成果を丁寧に説明する必要があると感じました。簡単な説明だと「カフェ」が先走りして軽く見られちゃったりするんですよね。パネルディスカッションも必要だけど、石井さんの単独講演ももっと増やして欲しいと思いました(*^_^*)