傍楽:来栖香のブログ

「働く」とは「傍(近くにいる人)」が「楽(らく)」になること。日々の仕事を通じて社会に貢献する、社会起業家の働き方や生き方を研究中。このブログでは、社会課題をビジネスの力で解決するソーシャル・ビジネス、非営利組織の経営、CSRなどについての気づきを共有していきたいと思います。

ロマンチック・ラブ・イデオロギーというバイアス①~無意識の同調圧力の罪深さを考えた~

先日参加した、「日本財団ソーシャルイノベーションフォーラム2017」で、「障害者と性」(身体障害が中心)とい うプログラムがあった。

www.social-innovation.jp

このプログラムの中で、もっとも印象的だったのは登壇者の一人であった、小児科医で、脳性まひの当事者でもある熊谷晋一郎氏からの 「ロマンチック・ラブ・イデオロギーというバイアス(偏見)」についての反論であった。

 

ロマンチック・ラブ・イデオロギーとは

「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」とは、結婚の動機として恋愛を据えるという考え方のことであるが、「恋愛・セクシャリティ・結婚の三位一体の制度」とも言われているようだ。

特に若い女性や恋愛機会の多い人に支持されてきており、日本においても、男女の恋愛が皆の共通体験 となり、男女の恋愛結婚が「マジョリティの共通体験」となった。そして、これが無意識 の「同調圧力」となり、一部の人を苦しめている。その一部の人の中に、障害をもつ人も含まれる。

 

■当たり前に疑問を持ってみる

本ブログでは、これが悪いあるいは間違った価値観だということを言いたいのではない。実際に幸せになっている人も多いのも事実である。しかしながら、ここを敢えて疑ってみることで見えてくるものがあり、違う価値観を持った人への理解につながる。

 

本来、恋愛、セクシャリティ、結婚は全て別の問題であるが、しばしばひとつの問題として議論される。また、これらは健常者を前提にした制度や慣習であり、障害という制限がある立場で考える・議論する場はあまり用意されてこなかった。

しかしながら、障害をもつ人の立場で考えてみると、必ずしも、結婚は恋愛の延長線上にあるものではなく、セクシャリティも恋愛の延長線上にあるものではない、ということに気づく。(もちろん、そうである人もいる)

また、結婚という制度に恋愛は必須ではないことにも、改めて気づかされる。

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